無知だった頃の強さと、経験を積んだ今の難しさ
- 2025年12月27日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年12月30日

こんにちは、鈴木です。
最近ふと、こんなことを考えるようになりました。
「どうして昔みたいに、競技だけに集中できなくなったのだろうか」
もしかすると、
これまで自分が正しいと思って挑戦してきたことが、
原因なのではないか。
冒頭から少し暗い話になりますが、
この問いは自分にとって、とても大事なものでした。
なぜこの思考が浮かんだのかを掘り下げていく中で、
今回のテーマの本質が、少しずつ見えてきました。
無知だった頃のマインド
無知こそ、恐れるものはない。
私が社会人1年目だった頃を振り返ると、
本当に無知だったと感じます。
他の選手や競技全体に対して強い関心があるわけでもなく、
正直なところ、周囲を知ろうともしていませんでした。
ただ、その分、
自分の軸だけは人一倍強かったと思っています。
周りを知らなかったからこそ、
比較することもなく、
評価や立ち位置を気にせず、
純粋に自分の感覚に集中できていました。
大学時代、 無名だった私が進んだ実業団で、 東日本実業団駅伝1区を任され、 思い切って前に出る走りができたのも、 初マラソンの福岡国際マラソンで9位に入れたことも、 他の強い選手を深く知らなかったことが大きかったと感じています。
これは自画自賛したいわけではなく、
「知らなかったからこそ、余計な判断をせずに走れた」
という事実に近いと思っています。

経験値による心の変化
では、競技生活を通して、
ずっと無知のままでいれば良いのかと言われると、
決してそうではありません。
その後の私は、
好奇心のままに
ケニアへの渡航やフリーへの転向など
怖いもの知らずでさまざまな挑戦をしてきました。
その過程で
無知で純粋だった過去の自分から
多くの景色を見て
経験値を積んだ自分へと変わっていきました。
これは競技に限らず
経験を重ねていけば
誰にでも自然と起こる変化だと思います。
自分の場合、 これまで積み重ねてきた経験値によって 周囲や環境に影響を受けやすくなっていることに気づきました。 経験は視野を広げてくれます。
一方で、判断基準を外側に引っ張る力も持っています。
だからこそ今は、
「判断基準を自分に戻すこと」
を意識するようにしています。
そうすることで
環境や人間関係に左右されることなく 自分の世界に入り込める感覚を少しずつ取り戻せています。

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